2008年12月14日

ブラジル移民100年

  • bu.JPG面積日本の約22倍
  • 時差マイナス11~13時間
  • 日系人約150万人
  • 世界一のコーヒー輸出国
  • 建設後40年で世界遺産に登録された都市がある
  • 南北アメリカ唯一のポルトガルを言語とする
  • 2008年日本人移住100年
  • 南の島に雪が降る

ブラジルはそんな国です。

世界の多くの国は港もしくはそれに近いところを中心にして首都が形成されて行くようです。それは海や川から新しい文化が運ばれてきたからでしょう。もちろん侵略も海から始まりました。ブラジルの原住民は俗に言うインディアンです。彼等の祖先はベーリング海峡を渡って来たといわれています。アラスカ・カナダ・北アメリカ・中米・南米の太平洋側にその足跡が多く見られるようです。ポルトガルの植民地から独立して、それ以前から栽培されていた「ブラジルの木」から採取する染料を輸出する大地主が多くありました。独立後も黒人の奴隷を使って大地主は成長して行きましたが、採取から栽培に変わり馬鈴薯・コーヒー・サトウキビ・胡椒が多く輸出されました。しかし輸送に時間と経費のかかる内陸部は手付かずで、場所によっては間口長さで土地を売買していた時も有ったくらいです。

当然所得格差も大きく、その解消のために首都をリオデジャネーロから、標高1100メートルの高原に遷都しました。リオデジャネーロは1808年のナポレオン戦争でスペインを追われた王子と女王は宮廷を移し連合王国とした歴史も有る土地です。リオ=川・ジャネーロ=一月からその地名が付けられましたが、入り組んだ海岸線を川と間違えたのでしょうか?コパカバーナ、イパネバ海岸の観光地は、プライベートビーチでもないのにトップレス姿の女性を多く見かける。

ブラジリアの建設は1956年から41ヶ月の急ピッチで行われた。当時の大統領ジュセリーノ・クビチェック氏の5年の任期以内に完成させる意図もあったと思う。お椀を伏せた形と起こした形を左右に配した国会議事堂は見ごたえがあります。完成後は、日本人の勤勉さが買われて、近郷での農産物の生産に便利が図られたそうです。しかし元来何も無かった高原ですから、人口も少なくこれといった産業も無い中、莫大な建設費の影響からブラジルは急激な経済の悪化となってしまいました。

南のリオグランデでは8月に雪の降ることもあります。積雪になることは無いでしょうが、南極に近くなるので当然といえば当然です。

ナイアガラの滝ヴィクトリアの滝 と並んで世界の三大瀑布のイグアスの滝は隣のアルゼンチンにまたがり、パラナ川の支流イグアス川の下流にあり、なだらかな流れの川から突然80メートルの落差となる滝は絶景で、虹が実に奇麗です。水しぶきのかかる遊歩道を歩いていると吸い込まれそうになる景観は言葉を失ってしまいます。

100年の時が流れて、30万人もの日系ブラジル人が日本に職を求めて生活するようになりました。主に自動車関係の製造業に従事する彼らは派遣社員が多く、経済悪化にともなうリストラでその生活を奪われようとしています。ブラジルの農業に貢献した日本人移住者、そして日本の自動車産業を支えた日系ブラジル人はこの先如何なる道を歩んで行くのでしょうか。記念すべきこの年に、苦渋の選択を迫られる人たちは、怒りの矛先をどこに持っていけばよいのか悩んでも悩みきれない実態がそこにあります。

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