サザンカ 山茶花
童謡の「たきび」の歌詞に出てきたのを覚えているが、花の形や色を想像したことはなかった。その後大人に成って1982年に大川栄策氏の歌う「さざんかの宿」で、再びその歌と出会い調べたことがあった。名前から推測すると「お茶の品種?」と思いそうであるが、実はツバキ科の花木でチャの木と同じである。しかしチャ畑は見たことがあっても花を見たことが無い。ツバキの花は入院見舞いには持っていかないこと、つまり花首からボロッと落ちるので、縁起が悪いから・・・・山茶花の花は花びらが一枚づつ散って行く。それと120万枚の大ヒット曲との関係は????1982年といえばバブル景気の初期の時代です。お金を手にした男女の思うことは??衣食足りて礼節を忘れるではありませんが「色欲」への憧れでしょうか。1ドル240円から120円の円高になる少し前ですから、実質的に個人へのバブルは殆ど関係なかったのですが、雰囲気としてなんとなく儲かったような気持ちになっていたのでしょう。もちろん資産家や投資家たちは大いに儲かって行きました。そんな流れの中で「不倫」をテーマにしたこの曲は、大衆に溶け込んで「赤く咲いても冬の花・・・」と多くの人たちがカラオケで歌っていました。
不倫は不倫だから楽しいのであって、それを現実に繋げようとすると間違いなく破綻の道へ直行である。というと体験的な文になってしまいますが、そのような事実はありません。
大川栄策氏は家具の特産地でもある、福岡県大川市の出身。上京して古賀政男氏に弟子入り、目ン無い千鳥でデビューしましたが、なんと先輩のアントニオ古賀氏のB面でした。氏はクラッシックギターの名手でトリオ・ロス・パンチョスの日本公演にゲスト出演したことでも有名ですが、聞く人を魅了するテクニックは日本一と思っております。ラテンギターも素晴らしい!!最近はめったにテレビで見ることはできないが、お元気で活躍のようです。先輩の鶴岡雅義氏はレキントギターですが、コンビで活躍したこともありました。氏は作曲も多く手がけてグループの東京ロマンチカはもちろんのこと、石原裕次郎氏の「二人の世界・泣かせるぜ」でも得意の作曲とレキントギターに自ら参加している。
話が右往左往しましたが、山茶花はお茶ではなく同じ仲間のツバキ科の晩秋から冬に咲く花木、雪椿との違い等仔細は分からないが「雪椿」では、小林幸子のヒット曲もある。小林もまた古賀政男氏のの門下生で繋がることは、偶然の一致だろうか。

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